メカ設計の経験がゼロでも筐体の製造原価を見積もる方法。プラスチック編


~スマホケースでメカ設計・原価計算の基礎をちょっとだけ学ぶ~

こんにちは。
株式会社Cerevoの柴田と申します。以前は某社炊飯器・掃除機の筐体・機構設計に携わっていました。
現在デザインエンジニアとしてスマート・ビンディング「XON SNOW-1」のメカ設計を担当したり、最近ではニッポン放送、グッドスマイルカンパニーとのコラボレーション企画、BLEラジオ「Hint」プロジェクトにて、プロダクトマネージャーを兼任しています。

プロダクトマネージャー(PM)として仕事する機会が増えてきて、仕様が固まる前に製品の見積もりを作ることが度々あります。仕様が固まる前なので、当然のことながらそれぞれの部品は設計前です。経験があれば、「これくらいの製品は、まあこんなもんだろう!」と決めることもできるかとおもいますが、最初の見積もりで製造原価を安くしてしまうと量産するときに製造原価を割ってしまい、利益が出ない製品となってしまうかもしれません。

PMとして、それは絶対に避けるべきであり、ある程度現実的で根拠のある製造原価を概算でもいいから、知る必要性があります。

なにもわからないと設計前の部品をどうやって見積って製造原価をイメージすればいいのか?と悩んでしまうでしょう。
今回は特にプラスチックのメカ部品を設計する前に、どうやって製造原価を見積っているか、スマホケースを例にお話ししたいと思います。メカ設計の経験がないけど、ハードウェアのPMやってみたい!という方は参考にしてみてください。

内容としては、樹脂を使ったメカ設計・原価計算の基礎的なことを掻い摘んで解説したもので、計算結果も概算となります。製造業で同業の人にとっては釈迦に説法となる面も多いですが、あしからず。

スマホケースでみる製造原価の見積もり方

①材料の選定、見積もりのための材料の価格決定

まず見積もりを考えるにあたり材料の選定をします。ここについてはズバリ、「黙ってABS」です。ABSとはアクリロニトリル-ブタジエン-スチレンという樹脂の頭文字をとって付けられた名前です。
世の中にあるプラスチック製品、特に身の回りの家電は、かなりこの樹脂が使われています。ちなみに、お掃除ロボット「ルンバ」にも使われています。Amazonの商品説明にも記載されています。
他にもPP(ポリプロピレン)とかPC(ポリカーボネート)とかあるのですが、それはまた別の機会に。

次に、材料の価格です。樹脂はペレットという顆粒の状態で購入するのですが、業者でもないのにわかるわけない……と投げ出してはいけません。
そんなときは、オフィス用品/現場用品のASKUL(アスクル)です。意外かもしれませんがアスクルで樹脂ペレットが売っています。

アスクルで「ABS ペレット」と検索すると実験用の樹脂ペレットがヒットします。製造現場で樹脂のペレットは25kgごと(=1袋)の単位で購入するのが一般的です。アスクルも25kgで購入することができます。
アスクルの価格を使うと1kgあたり約800円となります。正直この数字はちょっと高めです。実際は1kgあたり300~500円くらいですが、今回は800円で進めます。

②スマホケースの重さを求める

プラスチック部品の製造原価を知るために重さは一番重要です。すでに部品のデータが出来ていて3Dプリンターで出力しているのであれば、その重さを測定します。
デザインが出来ていてデータもあるけど3Dプリンターで出力していないという場合は、3D-CAD(モデリングソフト)を使って体積を求めましょう。色々なCADがありますが、測定ツールの中に体積を測定するコマンドがあって、何回かのクリックだけで、体積を測定することができます。体積がわかったらABSの密度を掛け算して、算出することができます。

今回はあくまでもCADを使わずに見積もります。

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まず、スマホケースなのでスマホの大きさを測定します。写真のスマホはだいたい縦15cm、横7cmです。これに厚さを決めて体積を求め、密度を掛けて重さを計算します。(スマホの上下・両サイドを覆う箇所は、ややこしくなるため割愛します。)
厚さ、一体どれくらいにすればいいか悩んでしまうかもしれませんが、ここもノウハウ「とりあえず2mm」です。プラスチック部品はどれも1mmから3mmくらいの肉厚です。手近にプラスチック製のコップがあれば見てほしいです。なんとなく1~3mmくらいです。細かい話はあるのですが、それくらいの厚さじゃないと作れないと思っていいです。スマホケースに限らず、樹脂の肉厚でどうすればいいか決まっていないときは、なにも考えずに2mm(0.2cm)と仮定しましょう。

体積=縦 15cm x 横 7cm x 肉厚 0.2cm =21cm³
となります。

これに、密度を掛け算すれば重さがでます。ABSの密度をさっそくググって……もいいですが、覚えておいて損はない(はず?の)うんちくがあります。おおよそ「プラの密度は1(g/cm³)」です。
単位は[グラム パー 立方センチメートル]です。物性によって前後しますが、おおよそ1と考えていいです。プラスチックは1辺1cmの立方体だと約1gということになります。正確な数値は各材料メーカーによって異なりますので、ご確認ください。

重さ=21cm³ x 1 g/cm³ = 21g

よって、重さは21gとなります。

③1個あたりの作業時間と④作業者の人件費

製造原価を決める上で、重さに次いで重要なのが作業時間です。作業時間が長ければ長いほど製造原価が上昇してしまいます。
実際に工場に行ったこと無いし、プラスチック部品がどうやって作られているなんて……と嘆く前に「YouTubeで動画を検索」しましょう。”射出成形 動画”で検索してください。工場に行ったことが無くてもどんな感じか、なんとなくわかります。動画から作業時間を仮定します。注目してほしい動画は時間が短い4分未満の動画です。時間が長い動画は、射出成形(=プラスチック部品を作る工法の名前)の解説動画だったりするので、別途勉強したいときに観てください。
時間が短い動画で、淡々と射出成形の様子が撮影されているものがあるので、その動画の動作を注目してください。

工作機械の中にある金属の塊同士(=金型)が重なって数十秒止まった後に、金型が離れて中からプラスチック部品が出てきます。これが射出成形の動作であり、プラスチック部品が出来上がる1個あたりの作業時間です。
動画では、またすぐに同じものを量産し続けます。動画から1個あたりの作業時間を30秒と仮定します。

作業時間が決まったら、人件費です。YouTubeだとロボットアームが動いていたりしますが、今回はそこまで豪華な設備が無いことを仮定します。工作機械のオペレーターがいて、その人が金型からプラスチック部品を取り出す場合、時給を支払わなくてはいけません。
今回は時給1000円と決め打ち。1秒あたりの費用まで落とし込みます。

1時間あたり1,000円=1分あたり167円=1秒あたり2.8円

時給1,000円は1秒2.8円となります。

○製造原価算出

今までの数字を合算して製造原価を求めます。

①1gあたりのプラスチックの価格 1kgあたり800円。1gあたりだと0.8円
②スマホケースの重さ 21g
③作業時間 30秒
④人件費 1秒あたり2.8円

製造原価 = ①ABS 0.8円/g x ②重さ21g + ③作業時間 30秒 x ④人件費2.8円/秒
=100.2円

ざっくりですが、100.2円となります。この計算から、スマホケースの製造原価は100円くらいだとわかります。
また、① x ②を原価計算の用語で、直接材料費(略して直材費:Direct material cost)、③ x ④を直接労務費(直労費:direct labor cost)と呼んだりします。詳しくは原価計算の本で勉強してください。

今回の仮定はだいぶラフで、高めに算出されています。憶測ですが実際はもっと安いと思います。

◇主な製造原価の低減案

  • 安価な樹脂の選定:今回はアスクルで販売している実験用の樹脂で計算したため割高。
  • 軽量化:厚さを薄くすれば体積が減って安くなる。
  • 金型に同じ部品を複数配置し、複数取りにする。:2個取りにすれば1個を作る時間で2個作ることができる。
  • ロボットアームによる時短:人間よりも無駄な動きがない。作業効率アップ。
  • 人件費が安いところで製造:日本国内ではなく、アジア近隣諸国(中国など)で作る。

逆に、製造原価を上昇させる要素もあります。不良率(100個作った内、何個が不良か?)や工作機械のメンテナンスに使った油の費用(間接材料費)、管理費等などです。ただ、それを加味しても、この計算の数値から大きく外れることはないでしょう。ちなみに、私が持っているスマホケースはポリカーボネート製で14gでした。材質こそ違いますが、そんな感じでしょう。

○まとめ

・製造原価=1gあたりのプラスチックの価格 x 重さ(体積x密度)+作業時間(秒)+人件費

数式は自体は簡単なので、その数式のための仮定がどこまで現実的か、がポイントです。

  • 材料選定迷ったら「黙ってABS」で。
  • 詳細設計してなくても肉厚は「とりあえず2mm」にしよう。
  • 体積わかったら「プラの密度は1(g/cm³)」だから重さもわかる。

慣れてしまえば難しいことはありません。実際には、金型の取り数、成形機の型締力、部品点数や組立工賃など、様々な要素が追加されてメカ全体での製造原価が算出されます。
プラスチック部品の製造原価の算出について、全くピンとこないから不安だ……というときはちょっとでも参考にしていただけたらと思います。

自分があまり詳しくないことでプロジェクトがうまく進まないときは、特に腑に落ちないものです。でも、ちょっとでも知っていれば納得できることもあります。その知識やノウハウは、過去の経験や実績からくるものではなく、やる気を持って、逃げずに・真摯に物事を取り組む姿勢がきっかけとなって、体得できるのだなと、Cerevoで日々痛感しております。

ハードウェアのPMに興味はある、でも経験がないから……と尻込みしているなら、まずは弊社の採用面接を受けてみてはどうでしょうか?プロダクトマネージャー絶賛募集中です!!

著者プロフィール

Shibata
株式会社Cerevoエンジニア。1987年生まれ。2010年に日立グループの家電開発部門である日立アプライアンスに入社、炊飯器・掃除機等の白物家電の筐体設計を担当。2014年に日立アプライアンスを退職し、Cerevoに入社。スマート・スポーツブランド「XON」シリーズ第1弾製品となる「SNOW-1」をメカニカルエンジニアとして開発に参画。現在はBLEラジオ「hint」プロジェクトを担当。
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